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![社員紹介
「何でも出来るエンジニアと呼ばれるように、多岐にわたる経験を武器とする」
濱尾仁志
[所属]第二SoC開発事業部 プロセッシングプラットフォームグループ
[入社年]2004年入社
[出身学部・学科]ソフトウェア情報学研究科](image/interview6_ph01.jpg)
| 2004年〜2004年 | コア開発事業部 IPソリューションセンター |
| 2004年〜2005年 | コア開発事業部 プラットフォームプロジェクト |
| 2005年〜2006年 | コア開発事業部コア第五グループ |
| 2006年〜2007年 | 第二SoC開発事業部 プロセッシングプラットフォームグループ |
私は現在マクロ(IP・コア)開発を行っています。まず機能設計から始まり、次にRTL設計、そして最後に論理検証という流れで進めていくのですが、当然のことながら、どの工程も気を抜くことができません。ひとつ間違えば最初からやり直しになってしまいます。ただ、私は1年ごとに所属部署を異動しておりその都度、多岐に渡る一つひとつの工程の重要性を実感していますので、気を抜くことができません。
NECマイクロシステムの売りである、OJD。これが私の成長の大部分を担っていると言っても過言ではありません。OJD指導員の主任から、仕事の基本となる知識、技術ひいては社会人としての立ち振る舞いなど、様々なことを学びました。また悩みを相談する場面も多く、精神面でも支えられました。現在の仕事においてもOJDでの経験は、至る所に活かされています。
何と言っても、自分が携わった製品が商品として世の中に出ていくこと、それがものづくりを仕事としている私にとって、何よりの魅力であり、やりがいを感じる部分です。それは学生時代では決して味わうことのできなかった喜びです。そのやりがいに伴う大きな責任。それは苦労ではないですが、想定通りに進まない時にはプレッシャーへと変わります。
入社2年目の出来事でした。仕事にも慣れ、油断が生じたのかも知れません。当時CPU開発でSTAを担当していた時に、その仕事に対する理解が浅いまま作業を進めていました。そして、リリース日直前でSTA制約に漏れがあったことが発覚し、レイアウト工程を最初からやり直すことになってしまいました。このミスひとつで、CPUリリースが1ヶ月も遅れてしまい、各担当者の方々に大変な御迷惑をかける結果となったのです。二度と繰り返してはいけない失敗だと肝に銘じました。

社名にNECとあるので、NEC製品のみに携わると思っている人もいるかも知れませんが、実はそうではありません。実際には様々なメーカーに向けてチップを開発しているので、多岐に渡る分野に関わることができます。また、やりたいことがあり、そこに熱意がともなえば、きっとやらせてくれる。そんな環境も気に入っています。
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「何でもできるエンジニア」そう呼ばれることが、私の夢です。濱尾に任せれば大丈夫だと、どんな設計でも任せてもらえる、そんなエンジニアになりたいです。その為には、より幅広い知識と経験に裏付けられた技術を身につけなければなりません。まだまだ目指す目標は遠いですが、その分やりがいがあるというものです。
